惑溺
私は彼の手から手帳を奪うように取ると、胸の中に隠すように抱えてリョウを睨んだ。
「からかって悪かったよ」
そんな私に向かって、まるで子供を宥めるように穏やかな声で謝る。
リョウの筋ばった長い指が私の肩までの髪に触れた。
謝るくらいなら、最初から人をからかわないでよ。
そう怒鳴ってやりたい気分なのに。
この人に至近距離でみつめられると、まるで金縛りにあったみたいに体の自由が奪われる。
思わずごくり、息をのんだ私を見て、黒い瞳が微かに細くなった。
「掃除手伝ってくれて助かった」
私の顔にかかる髪をかきあげて、露になった耳に囁きかける。
ゆっくりと髪をすく長い指先。
耳元に微かにかかる吐息。
鼓膜を震わせる甘い声。
私をみつめる黒い瞳。
ぞくぞくと、身体が震えた。
まるで全神経が耳に集中したように、リョウの艶のある声が私の全身を痺れさせる。