惑溺
 
言いたくない事は無理に詮索しない。
お互いを尊重し、必要以上の束縛はしない。

そんな聡史との距離感が心地よかったはずなのに。

リョウの彼女が残したあの激しい手紙を見た後では、なんだかこの気遣いが虚しく淋しく感じた。


『由佳、明日は月曜だけど暇?
俺仕事早めに終われそうなんだけど』

「あ、うん。大丈夫だよ」

『じゃあ、いつもの場所で待ち合わせしようか』


明日の仕事の後に会う約束をして電話を切った。
私はもう一度唇を指でなぞる。

忘れよう、あんなキスの事は。
手帳はちゃんと返してもらったんだし、もうリョウには、会うこともないんだから。


そう自分に言い聞かせながら地下鉄のホームへの階段を下りた。
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