惑溺
 
「いや、自分で紹介しといてなんだけど、本当に付き合うと思わなかったな」

スーツの内ポケットから煙草の箱を出し、木本さんはそれを咥えながら笑った。

一応フロア内は禁煙なんだけど、換気扇のあるここ給湯室はなんとなく黙認されている。
私は食器棚の下に隠されている灰皿をそっと木本さんに差し出した。
するとありがとう、と煙草を咥えたまま小さくお礼を言った木本さんが、給湯室の流し台に軽く腰掛ける。

「付き合うと思わなかったって、私と聡史の事ですか?」

「そう。だって、聡史つまんなくない?」

ふー、と白い煙を吹き出しながら、木本さんは子供みたいに笑った。

「つまんない、ですか?」

どうだろう。
聡史と一緒にいて、退屈だと思ったことはないけど。
いつもさりげなく気を使ってくれるし、話題だって豊富な方だと思う。

「いや、そういうつまんないじゃなくてさ」

首を傾げた私を見て、木本さんが私の考えを察したように苦笑いした。
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