時は今
泣き顔のままでは戻れず、忍はしばらく頭を冷やしてから教室に戻った。
「ゆりりん、お帰りー。大丈夫だった?」
忍の名字は揺葉(ゆりは)と読むため、仲のいいクラスメイトにはそう呼ばれていたりする。
教室では定期演奏会の各パートの音合わせをしていた。
「うん。飲んだら良くなったよ」
「そういえば、保健室に四季くんいなかった?」
何処で広がっている情報網なんだろうか。
「うん。いたけど」
「わー何か話した?」
「少しね」
「いいなー。今度四季くん教室来たら杏も話そー」
「揺葉さん」
少々キツい調子で名前が呼ばれた。高遠雛子である。
「ヴァイオリンでも音合わせして欲しいんだけど」
「はい」
忍は雛子に呼ばれ、ヴァイオリンの音合わせに行ってしまった。
望月杏と佐藤ほのかが「わー…」と顔を見合わせる。
「高遠さん怒ってる」
「ゆりりんソロなのにヴァイオリンも先生に誉められてるのが気に入らないんだよ」
「それに四季くんと仲いいし」
「え?高遠さんて四季くん狙い?」
「じゃないの?」
「だけど、ゆりりんさっきお薬もらいに保健室行ってるってわかってるのに、戻ってくるなりあの言い方ってキツーい」
「高遠さん、保健室に四季くんがいるのがわかってたからじゃないの?」
「えー。ちょっとコワーい」
聴こえていたのか、高遠雛子の視線が向けられた。
杏とほのかは口をつぐむ。
ややして、忍のヴァイオリンが聴こえてきた。
それまでざわめいていた教室内が静かになる。
余計なものが入り込む隙を与えない、研ぎ澄まされた音──。
「──ゆりりんあんなに弾けるのに、何でヴァイオリン弾きたがらないんだろう。絶対高遠さんのヴァイオリンよりゆりりんの方がこの曲、合っているのに」
不思議そうに杏が呟いた。