時は今



 四季が忍宛てに送信したメールを見て、由貴が言った。

「四季の方がいいのかな」

「何が?」

「俺、女の子の気持ちがわからない時あるから。涼もそうだったし」

 由貴は一時期涼にも避けられていたことがある。四季は由貴の気持ちを察してちょっと笑った。

「僕だってわかるわけじゃないよ。ただ忍の場合は僕が放っておけない気分になっただけ。由貴もそうじゃないの?避けられたくらいで、すぐにあきらめられるくらいの気持ちなら、最初から好きになってなかったんじゃない?」

「──。四季、忍が好きなの?」

 器楽室で訊いた時とは違う重みで、由貴がまた同じ質問をした。

 四季は少し考えて言葉にする。

「僕は一度痛い思いをしているし正直恋愛に身構えているところはある。ピアノだけに意識を向けた方がいいのかもしれないと思うことはあるけどね。でも忍を好きになった時は躊躇わない。忍はそれだけの価値がある子だから。僕にとって」

「そう」

「忍、面白いよ。大人っぽいかと思ったら繊細なところもあるし、かと思ったらこんな難曲‘弾けるよね?’とか焚き付けてくるし。内面がアンバランスで、見ていると気になるよ」

 そう言いながら四季は忍に渡された楽譜をピアノの前で広げた。

「桜沢静和が忍の恋人っていうのも腹が立つ。それでこの曲を僕に弾けって言ってるの?綾川四季が揺葉忍のことを好きになるかもしれないって可能性まったく考えずに頼んでるよね。弾けないなんて言うのは癪だから、揺葉忍に見込まれた腕なら弾いてやるけど?」

 四季の言い様が可笑しくて、由貴は笑い出してしまった。

「うん。忍、その可能性は考えていないと思う。御愁傷様」

「…笑いごとじゃないよ」

 由貴でも四季が怒っている姿を見たことはあまりない。

 忍という存在がそれだけ四季の感受性にふれてくる存在だったのだろう。

 面白いものを見た気がした。



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