時は今



 四季はしばらく楽譜を見ていたが、ハノンの教本を持ってくると頭から弾き始めた。

 難度が高い曲を弾くようになるにつれ、四季が練習曲を弾いている姿を見ることは少なくなっていたから、由貴には新鮮に見えて興味深そうに四季の横に立った。

 さすがに鍛錬しているだけあって、本一冊まるまる暗譜でもしているのかと思うくらいに綺麗に弾く。

 由貴は隣りで譜めくりをしはじめたが、練習曲なのに見とれてしまう。

 結局四季は教本を通しで弾いてしまい、由貴は拍手した。

「すごい。練習曲で聴くと音が違うのがはっきりわかる。普通こんなに揃った音の粒にはならないよ」

「…意地になった。ちょっとキツい」

 四季はふらっと立ち上がると制服のタイをゆるめた。

 由貴もハノンの教本は通しで弾いたことはあるが、四季が弾いたテンポよりもゆるやかな速度で弾いている。

 それでも通しで弾いてぐったりしてしまったことがあるから、四季の身体には相当負担が来ているはずなのだ。

 四季がすぐに例の難曲を弾こうかと考えていそうだったため、由貴は横からセーブをかけた。

「四季。ちょっと休憩。身体が持たなくなるよ」

「……。そうだ。由貴にそれお願いしようと思ってたんだった」

「お願い?」

「僕、自分で加減が出来ないんだよ。弾き過ぎて体調崩すことあるから、由貴がペースメーカーになってくれるといいかなと思って」

「俺?いいけど」

「いいの?迷惑じゃない?」

「四季が弾いている間、予習とかしていればいいんだし。俺も連弾考えているし」

 話が早い。こういう時、由貴がいて本当に良かったと思うのだ。



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