時は今



 由貴に止められて、四季は椅子にかける。

「由貴、数学のノート借りていい?」

「うん。…って休憩になってないし」

「とりあえず解き方うつしておくだけ。後で自分で考える。荻堂さんに教えてもらうつもりだったけど、結局その後保健室にいたから出来なかったんだよね」

「まあ負担にならないならいいけど…。その間、俺ピアノ練習していていい?」

「うん。ハノンより『月光』希望」

「何で月光」

「第1楽章でいいよ」

「第3楽章とか間違っても練習曲には弾かないよ。四季じゃないから」

「第3楽章は難しいよ。僕でも」

「体力的にね。四季の場合身体がついていけば弾けるんだから」

 楽譜が並んでいる棚からベートーヴェンのピアノソナタ集をとり、譜面台の上に広げた。

 「月光」の第1楽章は弾いたことがある。由貴は深呼吸すると、静かに弾き始めた。

 由貴に合っている曲なのだろうか?

 四季は写しながら時々由貴の方を見やる。

 危うげなく弾き終えた由貴に四季は「いいね」と言った。

「由貴の指、安定しているから、曲の世界が壊れない。由貴は一音一音を大事にしているよね」

「それは基本じゃないの?」

「そうなんだけど、由貴の弾き方はしようと思ってもなかなか出来ないよ。こういう静かな曲は一音に性格がはっきり出るから。由貴に『月光』は合っているし、いいと思う。『雨だれ』弾いたことある?」

「楽譜は見たことあるけど」

「今度弾いてみるといいよ」



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