時は今



 四季は由貴の「月光」を聴いて触発されたのか、忍に渡された楽譜を広げている。

「四季」

「休んだから大丈夫。弾かせて」

「手。熱あるし」

「これはさっきまで弾いてたから」

「そこまで言うなら1回なら通して弾いてもいいけど、その後熱計って七度五分以上なら今日の練習強制終了」

「わかった」

 新しい曲を前にしている四季は、それでも楽しそうだ。

 楽譜を見てどう弾くかイメージをふくらませていたのか、すっと鍵盤に指をのせると、きららかな高音の旋律と低音の柔らかいアルペジオが紡がれ始めた。

(そういえば『森は生きている』の編曲って言ってた…)

 高音は木漏れ日の表現だろうか?ベートーヴェンピアノソナタ・ワルトシュタインの第3楽章にあるようなトリルが使われている。

 時折ふわりと転調する様は妖精のようだ。

 由貴は聴き入って動けなくなってしまった。



(これ──本当に涼の曲なんだ…)



 曲は『森は生きている』の中の歌の旋律が効果的にアレンジされて、物語を読んでいるような構成になっていた。

 バレエ曲でも聴いているような感覚になり、由貴は四季の体調のことも何処か別次元に忘れてきてしまったかのように、譜めくりをしはじめる。

 それで四季は一曲弾ききってしまった。

「──どう?」

 四季も何か率直な感想が欲しいのだろう、いつになく不安そうな表情で由貴の意見を求めた。

「どうって…」

 由貴はどう言えばいいのかわからないというように、楽譜を見つめたままだ。

「涼がすごいのか、四季がすごいのか、よくわからないけど…。いいと思う」

 四季はそう言われて少し安堵の表情になる。

「そう言われると嬉しい。でも勿論この音ではまだ納得してはいないんだけどね。弾き手としては」



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