時は今



 四季の目が丁寧に音符を追い始める。頭の中で音が鳴っている時の目だ。

 そのまま曲に専念させたい心情もあるが、お願いされた身でもあるし、由貴は「はい」と横から体温計を差し出す。

 四季は「うん」と素直に受け取る。計りながらも意識はすっかり曲のことに飛んでしまっている。

 一見すると体調がわるそうには見えないくらいに音楽に没頭してしまうのが難である。

 アラームの音がする。七度四分。由貴が言った強制終了一歩手前である。

「すごい。合格ライン?」

 四季が笑って、由貴が納得いかない表情を作った。

「七度四分って…体調わるいことに変わりはないだろう」

「休んでいてもいいけど、保健室で眠っていたから眠くないんだよね」

「ピアノ以外に何か身体に負担にならないような休み方ないの」

「由貴がピアノ弾いていてくれるなら本読んでいるけど」

「そうして」

 由貴はショパンの楽譜を棚からとると『雨だれ』をゆっくり弾き始めた。

 それで四季の意識も一旦難曲からは切り離されたのだろう、本を読み始めた。

 ひと通り弾き終わってみると、四季はソファの方でうとうとしていた。やはり疲れていたらしい。

「…選曲良かったね」

 由貴は窓の外を見ながら呟く。また雨が降りだしている。

 選曲が『雨だれ』ではなく、派手な曲だったりしたら四季が眠ってくれなかったかもしれない。

『曲のことはまた明日。今日は休んで』

 書き置きをして部屋を出た。



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