時は今



 由真は由貴が小学校4年の頃に他界した。

 由貴は由真が死んだ時泣けなかった。死んでしまったということがよくわからなかった。嘘のように思えた。

 ただ隆史がひどく悲しんでいることだけはわかった。由真がもう目を覚ましてはくれないということも。

 自分までが泣いていると余計隆史をつらくさせると思った。

 感情が凍りついたように波立たなくなり、由貴の中から笑顔が消えた。

 由真が他界してから8日後に由貴が学校で倒れた。

 先生たちの間では「しっかりした子」で通っていたから、周りの人間は騒然となった。

 原因不明の高熱が数日続いて気がつくと隆史が枕元で泣いていた。怒られた。

「由貴くん、悲しい時は泣いていいんだよ」

 今まで我慢していたものがあふれてきた。

 どうして──どうして自分のお母さんでなければならなかったのか。

 何処に行ったの。連れて行かないで。返して。

 ──その答えは誰にも教えてもらえない。

 行き場のない感情を隆史にぶつけた。声をあげて泣いた。





 由貴は家では由真とピアノを弾くことが多かった。

 由真もピアノが弾けたため、由真が教えてくれたのだ。

 由貴がピアノを弾くことをやめてしまったのは、それが最も大きな要因である。

 家のピアノを見ると由真の姿を思い出してしまうからだ。





(立ち直らなきゃ…)





 その時のことが由貴には未だ心にひっかかっている。

 隆史がその後再婚しなかったのは、そのことを心配しているからなのではないかと思ってしまうからだ。

 それは隆史自身がそうしたかったからだという思いもあるだろうが、もし自分を心配しているのだとしたら。

(心配させないようにしなきゃ)

 ──そう気負うことが、もう間違っているのだろうかと思うことさえある。

 泣きたい時は泣いて、もっと自然に前を向けたらいいのに。



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