時は今



 四季の音に比べると、涼の音は何処か不思議な幻想性を持つ。

 涼ちゃんのピアノを聴いていると、実際に弾いてはいない別の音まで聴こえてくる感じがするんだよね、と評したのは四季だ。

 聴いている方にあらゆる想像をさせてしまう、広がりを持つ音。

(──あれ?)

 聴いているうちに、涼は明らかに四季とは違う音で弾いていることがわかった。

 涼の指に無理のない音。それでいて楽譜通りの音に劣らない音。

「──ちょっと待って、涼」

 思わず由貴は涼に訊いていた。

「それ、楽譜通りの音じゃないよね」

「うん」

 涼は柔らかい声で答えた。

「お兄ちゃんの音と交換している音があるの」

「交換?ヴァイオリンの音と?」

「そう。涼にはいつかこういうふうに弾けるといいね、ってお兄ちゃんがピアノの編曲を仕上げてくれたんだけど、お兄ちゃんと最後に合わせた時は、涼はこの合わせ方でピアノを弾いたの。涼の手にはこの弾き方が今はいちばんいい音になるからって」

(ああ、やっぱり)

 由貴はピアノの編曲にも桜沢静和の意図が隠されていたのだ、と思い至る。

 ただ技巧的に弾きこなすだけでは涼の世界は表現は出来ない。

 桜沢涼を知っていなければ。



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