時は今
「お兄ちゃん、美歌、他の教室も見てみたい」と言う美歌に、四季はひと通り校舎を巡って案内することにした。
音楽科の校舎へは渡り廊下で繋がっている。
「あ、ここ、さっき通った」
「ああ、舘野くん?」
音楽科からは放課後もさまざまな音が聴こえてくる。四季はそれに耳を傾けているようだった。
四季の横顔を見て、ふと、美歌はあることが気になり出した。
(お兄ちゃんの好きになりそうな人って──誰だろう)
白王の生徒だろうか。
「──お兄ちゃん」
「ん?」
「好きになりそうな人って、白王の人?」
四季が「うん」と答えた。
「今からもしかしたら会えるかもね」
ということは音楽科の人だろうか?
二階と三階の教室と器楽室を回り、四階への階段を登り始めた時、踊り場のところで四季が足を止めた。
階段から降りて来る生徒も「あ」と声をあげる。
「──四季」
響きのいい声。さらりと揺れた黒髪の隙間から物憂げな笑みが見えた。
上の方では騒がしい言い合いが聞こえる。
「ちょっとこんなところで遊ばないで」
譜面台を運ぼうとしている女子が、じゃれ合っている男子に怒っている。
ぎゃはははは、バカでー、とその怒りの声を聞いてもいないような男子たち。
と──。
ガッと幾つかの譜面台が階段の上でバランスを崩した。
「揺葉さん!!」
女子のひとりが叫ぶ。忍は落ちてくる譜面台をスローモーションのように見て、とっさにその先にいる人物を庇った。
「四季!!」
──あたりが静まり返った。
踊り場に倒れ込んでいる忍と四季。散らばった譜面台。四季の後ろにいた美歌はそれから免れたらしい。
「…お兄ちゃん」
美歌の声が震える。
「お兄ちゃん!!」
四季はすぐに目を開けた。それで美歌はほっとする。──ややして、忍がゆっくり起き上がる。
「四季、手…大丈夫だった?」
「──忍」
忍は四季の様子を見て「良かった。怪我がなくて」と安心したように言った。
「揺葉さん…」
忍に譜面台があたるのを見ていた生徒たちも、忍が起き上がったのを見てほっとしたように息をついた。