時は今
休憩中の早瀬が化粧を直していると、仲居の花本夕子が小走りに駆け込んできた。
「早瀬さん、早瀬さん、ちょっと」
「ん?何だい?」
「若様がお嬢様とお帰りになっているんですが、同級生のお嬢様もお連れになってまして」
「は?」
早瀬は思わず聞き返してしまう。四季と美歌が一緒に帰ってくるのはいいとして。
「同級生?それは四季の?」
「はい。学校で何かあったようで、どうも若様を庇われて手を傷めてしまったらしいんです…その方が。それで滝沢先生のところで診てもらったらしくて」
「ええ?」
「その生徒さん、ヴァイオリンを弾くらしいんです。それで若様が心配なさって連れて行ったとか」
四季を庇って怪我をさせたとなるとえらいことではないか。早瀬は緊張した面持ちで「何処にいるの?」と聞いた。
「奥の間にお通ししましたが」
「ありがとう」
立ち上がると、ぱたぱたと足早に急いだ。
「──四季?」
襖越しに呼びかけると、中から「お母さん?」と声がした。
「入るよ」
早瀬は静かに襖を開ける。四季と、同級生らしい少女が座っていた。
少女の制服の袖口からは白い包帯が見える。早瀬は「大丈夫なのかい?」と問う。
奥ゆかしいというのか、大人びた表情の少女は落ち着いた声で「はい」と答えた。
「2週間くらいでは治ると言われました」
「すまないことしたねぇ。女の子なのに、これでもっと大事にでもなったりしたら、申し訳が立たないよ」
「いえ…。私がとっさに庇っただけなので。四季は悪くないんです」
忍が手を傷めてしまっていることで、逆に四季の方が精神的ダメージは大きいようだった。言葉が少ない四季に早瀬も察する。
「四季、美歌は?」
「部屋に戻った。美歌もショックが大きかったみたい。僕が倒れるの見てたから。美歌は怪我がなくて良かったけど」
「一体どんな状況だったんだい?」
「美歌に校内を案内していて…階段を登っていたところで、譜面台が落ちて来て」
忍が詳細を説明する。
「譜面台を運ぶ作業をしているそばで音楽科の子が遊んでいて…。すみません。私もきちんと注意をしなかったから」