時は今
「はぁ」と早瀬がため息をついた。
「こんなこともあるのかね。ああ夕食、食べて行きな。お箸、持てるかい?」
「大丈夫です。左利きなので」
「四季、あんたも食べな」
「…うん」
とりあえず四季に大事がなかったことは、早瀬にとってはほっとすることだった。
滝沢先生のところに行ったのであれば、四季も診てはもらったのだろう。
早瀬が行ってしまってから、忍が「お母さん、綺麗な方ね」と言った。
「若いから驚いた」
「ああ、うちの両親は若いと思う。だいぶ早く結婚してるから。今35歳…かな」
「本当に?」
──そういえば忍は両親がいないのだ、と四季は思い出す。
「忍は涼ちゃんの家にいるって由貴から聞いたけど…」
「──うん」
「両親がいないってどんな感じなの」
「両親…。私には親ってよくわからないの」
忍は淡々と話した。
「父はもう顔もうろ覚えなくらいに会っていないし、母とは気づいたらまともに顔を見て会話したことないから。──私はこの人たちにとって必要のない人間なんだろうなって思ってた」
四季には忍の言っている内容を理解するには想像だけでは困難だった。
「四季とか智と話していると、そのあたりが健康的な感覚に育った人なんだなってほっとする」
「吉野さん?」
「うん。怒られるのよ。忍、お前、自分に構わ無さすぎだって。自分がお前の親だったら、もっと自分を大事にしろって言ってるって」
「何でそんなこと言われてるの?」
「わからない。自分では普通にしてるつもりなんだけど…。智にとってはそう見えることがあるんでしょうね」
「……」
智の言いたいことは四季には何となくわかる気がした。
とっさに他人のことを庇うような人間だから、それを近くで見ている人間にとっては気が気ではないのだ。
他人ではなく、自分を大事にしろと。
「忍」
「ん?」
「僕も同じこと言ってしまうのかもしれないけど…。忍、自分を大事にして。忍が傷ついているの見たら、僕が痛い。吉野さんが言っているのもたぶんそういうことだと思う」
忍は「四季も智も優しいね」と穏やかに言った。
「うん…。気をつけてみる。ありがとう」