時は今
しばらくして今度は早瀬とは別の声で、襖の向こうで「四季」と呼ぶ声がした。
四季が怪訝そうな表情になる。この時間にこの声はここにはいるはずのない声だが──。
「お父さん?」
襖が開いて、和服を着た男性が顔を覗かせた。こういっては何だが、かわいい。童顔である。
四季よりも小柄だ。
「こんばんは」
忍を見ると深々とお辞儀をする。忍の方が恐縮してしまった。
「こ…こんばんは」
「ふふ。『若様が綺麗な女の子をお連れになってる』って仲居さんたちが話してたから、見に来ちゃった」
正直である。無邪気な笑顔。四季が「お父さん」と困ったように言う。
「お…お父さん?」
忍は確認してしまう。早瀬はまだ母親に見えるとして、目の前にいる人物はどう見ても父親には見えない。
「はい。お父さんです」
素直に返されてしまう。
「夕食持ってきたんだけど、忍ちゃん、苦手なものはない?」
「は…はい」
「良かった。あたたかいうちにどうぞ」
お膳にのった料理を差し出された。
「お父さん、今日厨房にいるかと思った」
「うん。本当は作る方が好きなんだけどね。いつまでも厨房だけさせるわけにもいかないと言われて。でもこれは僕が作ったよ」
忍は「いただきます」と言うと料理を口に運んでみた。
「──美味しい」
つい顔がほころんでしまう。
「でしょ?」
四季の父親が笑った。
「たぶん食べたら元気になるよ。またおいでね」
四季は何となく、早瀬が気を回したんだろうか、と思った。
父親の祈はそこにいるだけで場を明るくしてしまう雰囲気を持っている。
四季は祈を見ると「お父さん、ありがとう」と言った。
祈はふんわりと言葉を返す。
「いいえ。お父さんの仕事ですから」