時は今



 忍を送って帰ってくるとそれまで神経が張りつめていたのか、急にどっと疲れが来た。

 ベッドの上に倒れていると、ノックの音がした。

「四季」

 早瀬の声である。

「──はい」

 部屋に入った早瀬は、四季の様子を見て「やっぱり」というような表情になる。

「早く着替えて休みな。今日はあんたの限界値超えてるだろ」

 四季は「うん」と答えるが、すぐには起き上がらず「美歌は?」と小さく訊いた。

「美歌?走りに行ったよ」

「走りに…って」

「あの子なりにいろいろあるんだろ。好きに走らせとけ。部屋に籠られてめそめそされるより、山籠りでも修行でも好き勝手やらせといた方があの子らしいわ」

 四季はそれを聞いて、身を起こす。

「──どうにもならない気分になった時、走りたくなる気持ちはわかる」

 早瀬は四季の額に手をやると、言った。

「とりあえず、お前は休め」

「……」

 四季はおとなしく着替えはじめる。

「──お母さん」

「何?」

「何でお父さんだったの?」

「え?」

 四季の質問の内容が意外な方角からのものであったことに、早瀬は「何で祈を選んだかってこと?」と聞き返す。四季は「うん」と答えた。

「さぁねぇ。よくわからないけど祈が良かったんだよ、あたしは」

「そう」

「何で?」

「結婚、早かったんだよね。お父さん、手が早そうには見えないんだけど」

「ああ、あたしが襲った」

 すぱっと早瀬が言い切った。…四季が凍結する。

「だって、結婚したくない男との縁談持って来られてもさー。あたしは祈とつき合ってたからさ。祈は手先器用だし、その気があるなら一緒に綾川の家継ぐ気あるかって聞いたら『うん』って言うし。それに、あたしは祈の子が欲しかったんだよね。で、襲ってみた」

 凍結している四季の内心は「そうだったんですか、お父さん」の心境である。

 早瀬はさばけた調子で語る。

「そしたら、あんたがあたしのお腹に来てくれたわけよ。あんたが来てくれなけりゃ、あたしと祈の結婚はなかったね」



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