時は今
「──早瀬ちゃん」
部屋の外で声がする。早瀬が「はい」と返事をする。
「祈?」
「ああ、ここにいた」
祈がひょっこり顔を覗かせた。
「四季、大丈夫?」
「うん」
「あれ?今日は四季も和服だね。早瀬ちゃんが出したの?」
「ああ。和服だとピアノ弾けないし」
どうやら早く休ませるための早瀬の作戦だったようである。
着替えてしまっていた四季は祈に言われて気づき「──あ」と、困った表情になった。
和服でも弾けないことはないが、袖があるため弾きづらいのである。
「…どうしよう」
「あのね、休むんじゃなかったの?」
「休むけど少し練習したい」
「あんたね、きつそう。無理して倒れても知らないよ」
「うん…。でも気になって眠れないから、少しだけ弾く」
「じゃあ少しだけ聴いてく」
祈はこのあたりが四季と波長が合うのか、おっとりとソファにかけた。
「早瀬ちゃんも聴いて行けば?」
「人が子供の身体を心配していれば…。そんな悠長なこと言ってる場合なのかね」
早瀬はやれやれというように祈の隣りに座った。
四季は『森は生きている』の曲を弾き始めた。
祈は途中まで聴いて「あ…」と気づいたように言う。
「お話の曲だね。これ、本があるよね」
そうなの?と早瀬が祈に聞く。
「うん。お芝居にある曲。すごい。これ、誰かピアノ曲に編曲してるの?」
四季は「うん」と答えた。
「由貴の彼女が編曲した曲。音楽科の定期演奏会にこの曲を演奏するから、僕と由貴がピアノを任された」
「へぇ…」
「忍って子は?ヴァイオリン弾くの?」
「ヴァイオリンのソロは別の子。忍もヴァイオリンは練習では弾いているみたいだけど、忍は歌のソロがあるみたい」
「え?忍ちゃん、歌うの?」
「うん。忍の声、好き」
弾きながらそう言葉にする四季に、早瀬が祈を見て「親子だね」と言った。
「昔の祈みたいなこと言ってる」
祈が瞬きする。
「僕、何か言ってた?」
「ああ『早瀬ちゃん好き』はよく言ってた」
「今も早瀬ちゃんのこと好きだよ」
「そう?そんな可愛いこと言ってると襲うぜ」
「え?ち、ちょっと…」
…四季の手が止まった。
「お父さん、お母さん、後ろでそんな会話されると集中出来ないんだけど」
祈が「…ごめん」と言い、早瀬が笑い出した。