時は今



「──早瀬ちゃん」

 部屋の外で声がする。早瀬が「はい」と返事をする。

「祈?」

「ああ、ここにいた」

 祈がひょっこり顔を覗かせた。

「四季、大丈夫?」

「うん」

「あれ?今日は四季も和服だね。早瀬ちゃんが出したの?」

「ああ。和服だとピアノ弾けないし」

 どうやら早く休ませるための早瀬の作戦だったようである。

 着替えてしまっていた四季は祈に言われて気づき「──あ」と、困った表情になった。

 和服でも弾けないことはないが、袖があるため弾きづらいのである。

「…どうしよう」

「あのね、休むんじゃなかったの?」

「休むけど少し練習したい」

「あんたね、きつそう。無理して倒れても知らないよ」

「うん…。でも気になって眠れないから、少しだけ弾く」

「じゃあ少しだけ聴いてく」

 祈はこのあたりが四季と波長が合うのか、おっとりとソファにかけた。

「早瀬ちゃんも聴いて行けば?」

「人が子供の身体を心配していれば…。そんな悠長なこと言ってる場合なのかね」

 早瀬はやれやれというように祈の隣りに座った。

 四季は『森は生きている』の曲を弾き始めた。

 祈は途中まで聴いて「あ…」と気づいたように言う。

「お話の曲だね。これ、本があるよね」

 そうなの?と早瀬が祈に聞く。

「うん。お芝居にある曲。すごい。これ、誰かピアノ曲に編曲してるの?」

 四季は「うん」と答えた。

「由貴の彼女が編曲した曲。音楽科の定期演奏会にこの曲を演奏するから、僕と由貴がピアノを任された」

「へぇ…」

「忍って子は?ヴァイオリン弾くの?」

「ヴァイオリンのソロは別の子。忍もヴァイオリンは練習では弾いているみたいだけど、忍は歌のソロがあるみたい」

「え?忍ちゃん、歌うの?」

「うん。忍の声、好き」

 弾きながらそう言葉にする四季に、早瀬が祈を見て「親子だね」と言った。

「昔の祈みたいなこと言ってる」

 祈が瞬きする。

「僕、何か言ってた?」

「ああ『早瀬ちゃん好き』はよく言ってた」

「今も早瀬ちゃんのこと好きだよ」

「そう?そんな可愛いこと言ってると襲うぜ」

「え?ち、ちょっと…」

 …四季の手が止まった。

「お父さん、お母さん、後ろでそんな会話されると集中出来ないんだけど」

 祈が「…ごめん」と言い、早瀬が笑い出した。



< 191 / 601 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop