時は今



 目を開けると、白い天井が見えた。ゆっくりと瞬きする。

(ここは──)

 動こうとすると、ズキンと身体が痛んだ。



「──涼」



 低く、落ち着いた声が涼の名を呼んだ。手を握られ首を傾ける。

「…パパ」

 父親のレンツが心配そうに見ていた。やつれた表情。

 涼は何を考えるでもなく「お兄ちゃんは?」と聞く。

 そうだ。静和が涼の隣りに座っていた。母親の静が助手席に。運転席に──運転手の澤村孝平。

 レンツは伝えにくそうに涼を見つめて首を振った。

 静和と涼が何処か外国のものを思わせる要素がその外見に含まれているのは、ドイツ人である父親のレンツの影響だ。

 レンツは静と出会った時は外交官をしていたのだが、その後翻訳家に転身、日本に来て静と結婚し、静和と涼が生まれた。

 涼の表情が硬くなる。

「パパ。お兄ちゃんは?それにママは?…澤村さんは?」

 涼は起き上がった。目に見える傷は少ないものの、衝突した時のショックが残っている。あちこちが痛んで涼は顔をしかめ、レンツは驚いて横から涼を支えた。

「車にぶつかったの。お兄ちゃんが涼を守ってくれたの。ねぇ、パパ、お兄ちゃんはどこ?」

 涼が助け出された時のことをレンツは聞いていた。

 静和に抱きしめられるように庇われた涼は、狂ったように静和のことを呼んでいたという。



『お兄ちゃん、目を開けて』



 ──そこに「涼」と声がした。

 涼の友達である吉野智と揺葉忍、糸井硝子が訪れていた。

 吉野智も忍のように涼の誕生会に呼ばれていて、家を訪れると涼の車が事故に巻き込まれたと聞き、硝子を待って一緒に来たのだ。

「──智…。忍ちゃん」

 涼は智、忍、硝子の様子を感じとり、不安になる。

「──お兄ちゃん…は?」

 硝子が「静和くんは亡くなったの」と静かに言った。

 涼の顔がみるみるうちに生気を失い、凍りついた。



(静和くんは──…)



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