時は今
レンツは智と硝子に、しばらく涼のそばにいてくれないかと頼むと、話があるからと忍を連れ出した。
病院のすぐ近くにある喫茶店に入り、コーヒーを注文する。
忍は何だろうと思いながらレンツの言葉を待った。レンツはやがて口を開く。
「忍。あなたは荷物をまとめて家に来なさい」
「え…」
忍はレンツの言葉に驚いて瞬きする。
「それは──」
「変な輩に絡まれなかったかね?家に来る途中」
レンツの表情は穏やかで心配の色が見えた。
忍はここ最近ストーカーのような者につけられている気配があること、家にかかってきた電話のこと、ここに来る途中タクシーに乗り、黒い服の男たちに襲われたことなどを話した。
レンツは「最近静和の近くもうろつく輩がいるので、調べさせていたところだった」と話す。
「忍、あなたが生かされているところを見ると、その者たちはあなたの何かを掴んだ輩だろう」
「何かって…何ですか?」
「あなたの父親は確かギリシャの人だろう。父親の家が関係しているのだ。父親の母親にあたる人はドイツに住んでいる。その母親と、私は親しい。あなたの立場からすると祖母にあたる人だ」
「私のお祖母さん…」
「そう。彼女には息子がひとりしかいない。遺産を継がせたいのだが、肝心の息子は何処に行っているのか未だ行方知れずだ。それで息子の子であるあなたに遺産の相続権をやりたいと、そう申し出てきた」
「──」
あまりに予想を超えた話に忍はすぐには信じられない。ちょっと待ってください、と疑問を口にする。
「なぜ私なんですか?父は私が幼い時に出て行ったきりで、私は顔もうろ覚えです。祖母にあたる方の顔も知りません。遺産なら他に誰か──」
「でも彼女はあなたに相続させたいと言ったんだ」
「……」
「落ち着きなさい。相続させたいのには理由があるからだ」
運ばれてきたコーヒーを忍は一口飲み、レンツに聞いた。
「車の事故は…その遺産のことに関係あるんですか?」
「…まだわからない。遺産目当ての者たちの犯行かもしれない。可能性はなくはない」
忍は疲れたように額に手をやった。頭痛がする。