時は今



 レンツは「忍」と言い聞かせるような口調になった。

「とにかく家に来なさい。今住んでいるところにひとりでは危ない。お母さんはほとんど家には帰っては来ないのだろう」

「……」

 忍は「わかりました」と返事をする。

 レンツの話したことを考えると、あのアパートにひとりでいるのは危険なことのように思えた。

 葵の説得なら問題ないだろう。何処に泊まって来たのかとか、そういうことも何も聞かない人だ。何も言わずに出ていっても何とも思わないかもしれない。

 忍はレンツにアパートまで送ってもらった。

 服や普段使うものはすでに涼の部屋においているのもある。

 まとめる荷物は少なかった。





 ──静寂の中、電話の音が鳴り響いた。

「──」

 びくりとして電話を見る。

 こんな──日に電話が二度もかかって来るなんて。

(…とった方がいいの)

 とらない方がいいのか。

 とれば、何か情報が得られるのか。

 電話は鳴りやまない。

 忍は考えたすえ、無言で電話をとった。

「──」

『──』

 相手も無言。忍は静かに反応を待つ。電話の向こうで女の笑う声がした。

『あんた消えて。今度は桜沢涼を消そうか?』

 頭の芯が冷える思いがした。

 事故は──意図的なものだ。誰かに仕組まれた、罠。

 女の声。聴いたことある。

 ズキン、と頭が割れるように痛んだ。

(痛い痛い痛い)

 忍は受話器を持っていられなくなり、手から滑り落とす。座り込んだ。



 ドンドンドンドンドン



 アパートの扉が叩かれた。

 ああ、ダメだ、と思う。

 そこを開けたら終わりだ。

 忍はぼんやりとベランダの方を見た。荷物──手に持てるものだけでいい。

「──忍」

 声が聴こえた。

 ベランダに静和が立っていた。

「静和…」

「おいで」

 忍は夢でも見ているように立ち上がりベランダに歩いて行った。

 そして、そこから──





 飛び降りた。



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