時は今



 歌い終わった雛子に「ブラボー」の声。新鮮なものを聴かされた気分なのだろう。

 雛子は何処かすっとした表情で忍たちのところに戻って来た。

 忍が雛子に手を差し出す。

「良かった。勉強になった」

 雛子は少し戸惑ったようにその手をとり、笑った。

「揺葉忍の名前だけで気後れする人間、多すぎるわ」

 四季の横で由貴がぼーっと雛子を見つめている。

「──由貴?」

 四季が声をかけると、由貴は「うん」と夢の中にいるような返事をした。

「…すごいね、音楽科」

 雛子が由貴に言葉を返した。

「高遠雛子です」

「うん。少しだけ有名」

「何?この学校、生徒会長からこの物言いしか出来ないの!?」

「え?怒ってるの?…ごめん」

 由貴に悪気はなかったらしい。さっきの樹と雛子の会話が耳に残っていて、無意識にその言葉になってしまったようだった。

 四季が苦笑する。

「ごめん、高遠さん。たぶん由貴ほめたつもり。この人、今眠そうだから」

 四季にも手を差し出されて雛子の機嫌は一応治まる。

「あはは。会長、眠そう。面白ーい」

「高遠雛子に動じてない会長もすごい」

 コーラスの方から笑い声が上がった。

 雛子の歌を聴いている様子だった由貴に、樹が声をかける。

「由貴、大丈夫?せっかく練習に参加してもらってるわけだから、由貴と四季にピアノ弾いてもらおうか?」

「んー…」

 由貴は樹の言葉をしばらく吟味して答えた。

「今日は樹のピアノがいいと思う。俺、本調子じゃないし。歌聴いていたら歌いたくなったし」

「わかった。じゃあ今日は歌に力を入れるから、全員自分の耳と声で歌を覚えて。自分のパートではない音を知っているのといないのとでは、音が変わってくるから。返事は?」

「はい」

 そこで声がひとつに揃った。



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