時は今



 忍は帰宅すると、自分には分不相応ではないかと思われる、綺麗な部屋を改めて見た。

 誰かの手に頼って生きているのだと感じてしまうから、申し訳なくなって消えてしまいたくなることがあるのだろうか?

 真冬の森にマツユキソウを取りに行かされた娘よりは気の毒な境遇ではないのだけれど。

(私は森で育ちながら、森を一度も見たことがない木の根っこのような人間なのかもしれない)

 森を見ようとすると、お前は根だから土の中にいろと目隠しをされるような感じなのだ。

 土に埋もれた根を愛してくれる者は何者だろうか。

 四月の月は娘に指輪を与えたけれど、根のような娘でも愛されるのだろうか。

 本当の意味で。





 忍は「森は生きている」のオペラ台本を暗記でもするように読み、歌の練習をしはじめた。





 土の中の種は何を思う。

 種が先か、人が先か。

 人とは何か。

 私は土の中にいる者。

 私の命は誰のため。



< 245 / 601 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop