時は今
四季は忍の言葉が胸にひっかかっていたのか、聞いてきた。
「忍は毎日きちんとした食事はなかったの?」
「うん。…小学生の頃ね。気がついたら自分で作るようになってた。最初お味噌汁の作り方わからなくて、だしをとらずに作ったの。怒られて。そんなこともわからないの、バカねって」
「……」
「それで、言葉で傷つけられるのが怖かったから、何とか自分で作ってみようって。学校の先生とか、お店の店員さんに聞いたら、どんな手際で作ればそれらしい味になるのかわかってきて…。作り方がわからないうちは冷蔵庫のレタスを洗って、ドレッシングをかけて食べるとか、そんな食べ方してたの。何もない時は」
周りの大人には変な子だと思われてたかもしれない、と忍は笑った。
四季にはその時の忍の状況は、想像だけは出来ても、心の内を深く理解するには困難のように思えた。
「……。忍は『森は生きている』の、主人公の少女なんだと思う」
「──」
「…違う?僕は少女の気持ちをわかってあげられるほどの同じ苦労はしていないけど、少女がマツユキ草を探しに来たら、この少女にはマツユキ草を摘ませたいと思うから」
忍は純粋過ぎる子供の目をするわけでもなく、疲れた大人のような目をするわけでもなく、ただその言葉を深く考えるように、言った。
「少女はその日を生き延びることでせいいっぱいなだけなのよ。犬にされてしまった老婆と娘もたぶんせいいっぱいなだけ。欲のない少女のことは私も好きだけれど、きれいごとだけを立派に語るなという人間の声が、この物語にはない気がする」
「忍は、そういう声も歌いたい?」
「何処かでなければ、ただの夢物語ね」
「傷ついた少女の心はどうでもいいの?」
──心に踏み込んで来るように四季が聞いてきた。
「忍はそうやって、周りの人間の声をうまく聞き入れて、従順に、ただ歌うだけでいいの?つらくないの?」
「つらいことを抱えているのは私だけじゃないわ」
「老婆が、娘が何?彼らのような者たちが主張してもいいのなら、少女も主張していい」
「──四季」
「それとも、そういうことも傷つく?少女を疲れさせる?」
四季の目は少なくとも、抵抗することでも傷つくことがあるということを知っている目だった。