時は今
「自分に対する傲慢…」
「感情というものを人は持っている。それの向かう矛先が人によっても違うから、誰にも予期せぬことも起こりうる。こういうことをしたら怒るかもしれないと思ったことを何故か喜んでもらえたり、その逆も。その未知数の代物に恐れを抱き過ぎて、忍耐や理性と呼ばれるもので統制することが正しいのか否か。けれど、それまでの枠組みやしがらみを壊すことでしか生まれ得ないこともある」
四季は何かいつもの四季とは違ってしまっているかのような話し方になっていた。
ピアノを弾いている時と同じ目だ。
四季はそうやって対話をしてきたのだろうか。世界を見ていたのだろうか。
人は人といるばかりでも、ひとりでいるばかりでも、自分の心を見失いがちになる。
それで迷わないように、人知れず考え。
「忍は自分を自分のものだと考える人?」
「──え?」
考えたことのない領域だった。自分の心は自分にしかわからない。だから自分のものではないだろうか。
「…自分、のものではないの?」
「心は表現して他人の目にふれるものでもなければ、ないものと同じ、と考えたことはない?誰のものでもなく、あるものかないものかも不確かな、証明出来ないもの」
「でも…それは」
そう考えてしまったら悲しい、と忍は言った。そこで四季はふわりとほほえんだ。
「…うん。僕もそう思う。たとえば道端にひっそりと咲いている花は、表現者としてそこに在るわけではないのかもしれないのに、そこに形あるものとして認識出来る。それが永遠に在るものでもなければ、ないものと同じと考えることは簡単なんだよ。でも僕はそこに花があって良かったと思うことは出来るけれど、ないものに何か思いを寄せることは出来ない。だから、在るものもないものも同じではないと思う」