時は今



 風呂上がりの隆史が冷蔵庫を開けている。ビールを取り出すとテレビの前で飲み始めた。

 由貴が洗濯物をたたみながら口を開く。

「──親父、四季に何も聞かなかったね」

「ん?…ああ、四季くんが揺葉さんと外に出た時のこと?」

「うん」

「ちょっと話す機会があって、揺葉さんと話をしたんですよ。揺葉さん、真面目な子だね。四季くんのこと本当に大事に想っているみたいだった。その後でのことだったからね…揺葉さんなら大丈夫だろうと思って」

「…そうなんだ」

 隆史は由貴の方をじっと見る。忍の言葉を思い出していた。忍は由貴のことが好きだったらしいが、そういえば由貴から忍の話を聞かされたことはない。

 由貴が隆史の視線に気づいた。

「…何?」

「いえ」

「忍と話す機会って…何で?音楽科と接点でもあったの?」

「四季くんの彼女だから、四季くんのことが気になったんじゃないですか?揺葉さんは四季くんが倒れた時のことはよく知らなかったみたいだし。お友達の由貴くんに聞いてもいいとは思ったでしょうが、まあ一応僕は担任でもありますから?僕なら由貴くんとは違った視点で四季くんのこと話せるしね」

「…ふーん」

「そういえば由貴くんは揺葉さんのことあまり話さないね。涼ちゃんとか吉野さんのことは話すのに」

「……。忍がそういう人なんだよ」

「そういう人って?」

「何か、うっかりさわったらいけない人。そっとしておきたい人。親父じゃなくても、忍のことはそんなに話さない」

「…そうなんですか」

 忍に対する恋愛感情のようなものは由貴には見られなかったが、由貴は由貴で忍のことを大事に思っている雰囲気はあった。

 忍が恋愛感情を持っていたと知ったら、やはり由貴は困っただろうか。

 由貴が知ることで、もっと困るのは四季や忍の方なのかもしれないが。

 由貴くんは幸せですねと思っていると、由貴がぽつりと言った。

「──俺、今日忍に怒られたんだよね」

「え?」

「食事のこととか四季の元カノのこととかで俺が必要以上にピリピリしていたら四季のストレスになって、四季が余計に食べられなくなるから気をつけてって」

 忍に怒られて落ち込んでいるらしい。隆史は笑ってしまった。

「あー…。まあ由貴くんは入院している時からの四季くんを見ているからねぇ」



< 287 / 601 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop