時は今
隆史は動揺しているが、由貴にはその動揺の感覚はまだわからない。
人生は自分で意思決定をする部分と、なるようにしかならない部分がある。
涼を選んだ時に涼の家の事情がついてくるのは、これは自分の意思決定ではどうにか出来る分野ではないのだ。
「俺が桜沢由貴になったら親父は困るの?」
「……」
「お祖父様なら今の親父の気持ち、わかるのかな。結婚を反対されて、それでも親父は仁科由真を選んで」
隆史は由貴にそう言われて、すっと、ああこんな感覚がそうか、と思う部分があった。
「でも俺は親父が仁科由真を選んでくれて感謝しているけどね」
「──由貴くん」
「由真を選んでなければ、俺はここにいるはずのない人間だったんだし」
しばしの沈黙。由貴は今の気持ちを素直に伝えた。
「よくわからないけど、俺は涼を選べるなら後悔はしないと思う。親父は仁科由真を選んで後悔したことあった?」
由貴の目が隆史を見ている。隆史は少し笑みを浮かべた。
「いいえ」
「…良かった」
「何だか今、由貴くんを抱きしめたい気分になったんだけど」
「やめて」
由貴はたたんだ洗濯物を抱えて立ち上がった。
「俺は親父の子だけど、人生を共にする人ではないよ。親父がまだそういうことを考えているなら、きちんと考えて」
…行ってしまった。
由貴にそう言われてしまうとは立つ瀬がない。だが心配している由貴の気持ちは伝わってきた。
由真以外は母親だとは思えないと言った気持ちも、きちんと考えてと言う気持ちも、どちらも由貴としては本当なのだろう。