時は今
通話を切っても、四季は携帯を眺めたままだった。
雨が降りそうだからと車を出してくれた、小田賢雄の運転で、四季と美歌は通学途中にいた。
四季の話を聞いていた美歌が「お兄ちゃん」と声をかけてくる。
「今の電話…。真白って?」
「……」
「まだお兄ちゃん、あの女と何かあるの」
「いや」
四季は携帯を閉じた。
「今の電話は忍。真白の姿を見かけた友達が忍に連絡をくれて、忍が僕に」
ブラコンの美歌だが、四季のその話を聴いて、めずらしく「お兄ちゃん」と厳しい口調になる。
「忍さんて今お兄ちゃんの彼女なんでしょ?彼女にそういう電話かけさせちゃだめ。忍さんは大人だからそういう気遣いしてくれるのかもしれないけど」
「──うん」
そうなのだ。
忍はまだそういう意味で怒ったことがない。
考えてみると、自分と忍の関係は、お互いの好きな人を想う気持ちを気遣うところから始まっている。
最初はそれで良かったのだが、今の忍の立場は『彼女』なのだ。
「そうだね。忍を不安にさせないようにする」
そう言葉にする四季は、何処か心ここにあらずの目にもなっていて、美歌はそこできつさを和らげた。
「ごめんね。お兄ちゃん。きついこと言って」
「ううん」
「ふふ。美歌、やっぱりお兄ちゃんが良かったな…。たったひとり、好きな人選べるとしたら」
「……」
「昨日ね、夕方走っていたら、お兄ちゃんのクラスの口の悪い男の人に声かけられたわ。お前相変わらずブラコンなのかって。失礼な人よね」
「口の悪い人?」
「そう。お前の兄貴、何でもいいからマジで喰わせた方がいいって言ってた」
「ああ、黒木くん?」
「黒木くんって言うの?覚えたわ。口の悪い人って認識してますって言っておいて」
「ふふ。うん。わかった」
四季は笑った。
自分の知らないところで自分の知っている誰かと誰かがすれ違っていたり、声をかけ合っていたり、そういうことがあるのだ。
不思議なぬくもりに包まれた。