時は今



 その日の放課後、真白は図書室に本を返しに来た。

 そこで見かけた、あり得ない光景──。

「嘘…」

 大好きな先輩が、綾川四季が倒れているではないか。

 否、倒れているというよりは眠っている、が正しいだろう。

 図書室の奥の誰も来ないような一角で、四季がコートをかけて横になって眠っていた。

(四季先輩、時々保健室で休んでるって聞くけど)

 こんなところで眠っているというのはまだ聞いたことがない。

 先輩、風邪ひいちゃいますよ。

 何故保健室で眠らないんだろうか。

 真白はそわそわ様子を伺い、誰もいない図書室に先輩とふたりきりというシチュエーションにドキドキしてきた。

 眠ってる先輩、見るの初めて。

(今なら、キスしても、わからない?)

 真白はそーっと近づくと眠っている四季にキスをした。

 ふわり、と四季が目を開ける。

 真白は声にならず、心の中で「きゃー!!」と叫んだ。

「せ、先輩…。あ、あの、あたし…」

「……。…はよ」

「あ、お、おはようございます」

「……」

 四季はぼーっと真白を見つめ、コートのポケットから小さな包みを取り出した。

「これ」

「え?」

「名前、ないから、誰がくれたのかわからなかった。心当たりある子に聞いてみても、みんな違うって言うし」

 君が?と四季は言った。真白は赤くなって、頷いた。

「は…はい。そうです」

 四季はほほえんだ。

「ありがとう。寒かったでしょ?」

「え?」

「髪、雪、積もってたし。俯いてたから、顔わからなかったけど」

 四季の中では真白はきちんと印象づけられていたようだ。

 真白は涙がこぼれそうになった。嬉しくて。

 四季は「泣くことないのに」と優しい声で言う。

 真白は今しかないと思った。気持ちを伝えるなら。

「あ、あの、先輩」

「何?」

「あたしと、つき合ってください」

 ──玉砕覚悟で。

 ところが、返って来た返事は。

「…いいよ」

「え」

「つき合ってもいいよ」

 そう言って笑ってくれた。



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