時は今



「ん…」



 心地よい風が吹いていた。

 忍は目を開ける。新緑の匂い。頬に草が当たっていた。

 …誰かがそばにいる。

 はっとして起き上がった。

「大丈夫だよ、忍」

 すぐそばで声がした。

「──静和…」

 忍は姿勢を正し、見守るように自分を見つめていてくれる恋人を見る。

「静和──あなたは」

 生きているの?

 忍の消え入りそうな問いに、静和は首を振る。

「忍は僕の遺体は確認はしなかった?僕は見たけど」

「……」

 それなら、今ここにいるあなたは何?

 忍は切ない思いで静和の顔にふれ、呟いた。

「まだふれられるのに」

「──」

「生きているみたいなのに」

 静和は微笑む。

「忍がまだ僕にふれられるのは理由があるからだけど、それは教えられない」

「……」

「忍は生きている。もうしばらく僕はそばにいられるけど、たぶんあまり長くはいられない」

 ほろ、と忍の瞳から涙がこぼれた。

「──どうして?」

 あんな──別れ方。

 忍は静和の遺体をきちんと見ることが出来なかった。直視出来なかったのだ。見ていればまだ諦めもついただろうか。

「私が静和を殺したの?私のせいなの?あの電話は何?どうして静和がこんなふうにいてくれるの?」

 抱えていた想いが次から次へとあふれてきた。

 「忍」と静和が小さな子をあやすように言う。

「いいから、おやすみ。忍は悪くない。忍は今は眠っていた方がいい」

「あなたを失っているのに!?それで眠っていていい状況なんてあるの!?」

「──忍」

 静和は忍を抱きしめる。

「僕の気持ちもあるから、忍もわかって」

「静和の気持ちって何?」

「忍は生きていて」

「…そんな」

 そんなことって。

 忍にはまるでわからなかった。



 生きていてなんて私に。

 どうして私に言うの。

 つらいだけよ。

 この世界は。

 生きていても。



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