時は今



 夜明け前。まだ星が見えた。

 山で見られるような星空ではないが、それでもこの街の空は綺麗だ。

 散歩しながら行こう、と四季が言った。

 そうして心の赴くままに歩を進めた先に見えてきたのは──忍が初めて由貴を見かけた『星の丘』だった。

 忍はやや複雑な面持ちになる。四季の手を握った。

「──忍?」

「……。四季、この場所…」

「何?この場所──何か思い入れある?」

「…うん。思い出のある場所なの」

「──ここ通るのやめる?」

 忍は少し考え、言葉にする。

「ううん。今は四季とこの場所を見てみたい」

「そう」

 静和が見ているのではないかという気がしたが、見ていてくれるのならそれでいいと思った。

 その方が静和は安心してくれるのではないかと思ったから。

 四季と忍はなだらかな丘陵を登って行き、振り返って街を見渡した。





「……?」





 四季の耳にふわりと、ある音楽が聴こえてきた。

 ヴァイオリンの音。旋律をとらえる。

「…『森は生きている』?」

 横にいる忍を見る。忍は「四季にも聴こえるのね」と言った。

「静和が何処かにいるの」

 そう、何処かに。

 でも、もうその姿は忍には見えなかった。

 見えなくなったのは──今生きている人を愛しているからだ。



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