時は今
白王高校を選んだのは由貴にとっては正解だった。
音楽科があるため器楽室のピアノの数が充実していて、放課後、音楽科の練習に混ざって進学科の由貴がひとり練習していたりしてもわからないのである。
進学科の生徒が器楽室を使っていけないわけではないので、時間がある時は好きなだけ弾けた。
家にもピアノはあるが、学校の方が練習はしやすかった。
ピアノを弾いていたのは四歳の頃から十歳までの六年間。十歳の時に母親が他界してやめてしまっている。
十歳ではベートーヴェンのピアノソナタ『悲愴』を弾くようになっていた。
しかし、ピアノは毎日の研鑽の積み重ねで訓練された手がつくられてゆくため、弾かなくなると腕が落ちてしまう。
幼少の頃からある程度弾いていた由貴は、弾いていた頃の感覚を取り戻すのは早かったが、それでも弾くなら基礎から丁寧におさらいしたかったため、バイエルの74番あたりから104番までをきれいに弾くことから始めた。
練習し始めてから3日ではバイエルがきれいに弾けるようになり、今は『ハノンピアノ教本』『デュベルノア・2つの練習曲』『ブルグミュラー25の練習曲』を弾いている。
連符の粒を揃えるとか、指使いや強弱のつけ方、速さといった細かいところにも気を配ると、易しいように見える譜でも意外に難しい。
変なクセがついた弾き方になるのは嫌だったため、それに気をつけながら練習をした。
同じ練習曲を何度も弾いていると、何が何だかわからなくなったり、指がもつれて弾けなくなることがあるのは、子供の頃から同じだった。
それでピアノをやめてしまう子も見てきていた。
でもそこでやめてしまうと、そこから上には行けないのだ。
ハノンは練習した手の状態をキープしておくにはいいよ、と四季が言っていたため、単調な音の連なりを繰り返し弾いた。
本当に手の訓練になっているんだろうか、と思ったが、それがわかったのが練習をし始めて一週間経った頃だ。
いつもはハノン、デュベルノア、ブルグミュラーの順に練習するのだが、その日は最初にブルグミュラーを弾いたのである。
(あれ?)
少し、違和感があった。