時は今
泣いている涼を前にして由貴はどうしていいのかわからなくなったが、身近な人を失ってつらい気持ちはよくわかった。
(お母さんは何処に行ったんだろう)
それは由貴も考えたことのあることだった。
天国だとか浄土だとかいう言葉があるが、一度死んでその世界を見てきた人間がいるわけでもないのに、そんな場所が本当にあるのだろうかということも。
ただ、ひとつ言えることがあった。
「涼のお兄さんなら、涼の心の中にいる」
同じ時を過ごしたことだけは、確かなことだ。
自分の目に、耳に、心に、感じた『その人』がいたこと。幸せだったなら、それがすべて。
子供がよくわからないことを言われて、ぽかんとしているような純粋な目で、涼が由貴を見た。
涙は止まっていた。
由貴は、つかえていたものがとれたように、静かに話し始めた。
「桜沢さんに初めて会った日、桜沢静和さんにも会った」
「……」
「静和さんて、桜沢さんのお兄さん?」
涼はこくりと頷いた。由貴は複雑そうに少し微笑んだ。
「その後、ニュースで事故のこと知って…。桜沢さんが無事だといいって思った。だから、新学期、桜沢さんの姿が見られてほっとした」
「……」
「桜沢さんはまだつらいのかもしれないけど。ごめん。ほっとして」
同じ年頃の男子生徒と、こんなふうに会話をしたのは、涼には初めてのことだった。
会話だけならしたことはあるが、どの男子生徒も涼の心には遠いもののように感じていた。何とも思わなかった。
ところが由貴の言葉は、何でもない言葉なのに響いてくる。
涼は由貴をじっと見ていたが、やがて、その表情に何か感じるものがあったのか、問いかけた。
「委員長も、つらいことあった?」
正式に決まるまでの間ということだったが、一応クラス委員を任されていたため、桜沢涼は由貴のことを『委員長』と呼んでいた。
由貴は「うん」と答える。
「小学校の時、母が」
短く、たった一言。
その一言に凝縮された重みがあった。
「帰ろう。送るよ」
そんな言葉が自然に口をついて出ていた。
涼は拒否をしなかった。
何となく由貴と話をしていたい気持ちになっていた。
*