時は今
隣りを歩く由貴の手にピアノの楽譜があることに気づいたのは、校門を出てからのことだった。
「…委員長」
「ん?」
「楽譜」
「ああ、これ?俺も少し練習してた」
由貴は苦笑した。
「長いこと弾いていないブランクがあるから、最初からおさらいしてる。音楽科とか桜沢さんの弾く曲のレベルとは比べられないよ」
それで由貴が器楽室にいたのだ、と涼は思った。
「何弾いてたの?」
涼がいつになく積極的に問いかけてくる。ピアノが好きなのだ。楽しそうな表情になっている。
由貴は涼に、持っている楽譜を見せた。
「ハノンとデュベルノアとブルグミュラー。桜沢さんも弾いたんじゃない?」
「うん。弾いた。懐かしい」
涼はブルグミュラーをめくりながら「ブルグミュラー、楽しかった」と言った。
「委員長もピアノ弾いているなんて思わなかった」
「ああ、そっか。初めて会った時は四季が話しかけてたからね」
「四季くんは何弾いてるの?」
「最近はショパンのエチュード。桜沢さんもショパンの楽譜持ってなかった?」
「うん。でも涼はまだエチュードは仕上げてない」
さらりと言うが、ショパンのエチュードにふれている時点で相当弾いてきている人間だ。
由貴はそろそろ次に弾くのはどれしようと考えていたので、涼に聞いてみた。
「ブルグミュラーの後、何練習したらいいのか考えてないんだけど…。ツェルニー100番は弾いた?」
「ツェルニー100番…全部は弾かなかったと思う。100番を全部弾くのはかなりしんどいから、ソナチネあたりは?委員長は弾いていた時はどれくらいの曲まで弾いていたの?」
「ベートーヴェンの『悲愴』まで」
「それならブルグミュラー仕上げたら、ツェルニー30番にすぐ入っても大丈夫だよ」