時は今
四季以外でピアノの話がこれだけ通じる子と話したのはもしかしたら初めてかもしれない、と由貴は思った。
ピアノはバイエルが最初の関門で、次のハードルがツェルニーという印象なのだが、無事バイエルを卒業出来てもツェルニーでやめてしまう子はかなり多いのだ。
小学生だった当時、由貴はツェルニー30番は仕上げ、ツェルニー40番の途中までを練習していた。
ハノン、ツェルニーと併用して弾いていたのが、モーツァルトやベートーヴェンのピアノソナタ。
一緒に練習していた四季は、体調がすぐれなくて学校を休んでいるような時でもピアノの勉強はしているような感じで、本人の才能もあるのか、四季のピアノは当時から『他の子と明らかに違う』光るものが由貴の目から見てもあった。
由貴の目の前にはいつも四季がいたから、由貴の弾くピアノもその歳にしてはかなり難度の高いものになって行った。
同い年でピアノを習っている子と言っても、弾いている曲はその子によっても違うから、学年が上がるにつれ、由貴はピアノの話が出来なくなっていった。
ベートーヴェンのピアノソナタなんて弾けないよ、とやんわり遠ざけられてしまうのである。
何か不思議な感覚だった。
同じようにピアノを練習している子でも、弾いている曲の違いによって、話が合わなくなって行く──。
四季なんかは明らかに他の子とレベルが違い過ぎていたから、四季はどうなのだろう、他の子と話は出来るのだろうかと思って聞いてみた。
すると、四季は『話が出来る人が少なくなっていくのは仕方がないことなんだよ。最終的にはそれでも上を目指したい気持ちがある者は、上を目指すだけだから』と答えた。