時は今



「何か、ごめんね」

 更衣室で雛子とふたりきりになった忍は、そんなことを言った。

「ごめんって言うのも変なのかわからないんだけど」

「あたしが四季くんを好きだから?揺葉さんが謝ることじゃないわ。揺葉さんも四季くんが好きなのは仕方ないし、揺葉さんは揺葉さんで堂々としてればいいのよ。そうでないと、張り合い無くなっちゃうわ」

「…そうね」

「うるさいのよ、外野も。もう放っておいてくれないのかしらね。これじゃ変な空気、私が作っているみたいじゃない。四季くんと揺葉さんが仲良くしてたら、私が面白くないのは当たり前に決まってるのに、いちいち、またいつ高遠雛子が爆発するかって楽しみにしてるんだから。根性どうかしてるわ」

 心底鬱陶しいように言い切った雛子は清々しい表情をしていた。

「…私も何こんな話、揺葉忍の前でしてるのかしらね。友達、いないんじゃないかしら」

 雛子はそう言って別段落ち込んでもいないように愛嬌のある笑みを浮かべた。

 忍も思わずつられて笑ってしまう。

「友達、ね…。こういう話が出来る関係は何?」

「知らないわ。でも私はこういうのが気持ちいい。四季くんの家に住み始めたって聞いたけど、本当なの?」

「それは本当」

「ついてないわね、私。ムカつくわ。四季くんとはそうなってるの?」

「うん」

「優しいでしょ、四季くん。傍目にも揺葉さん大事にしているのがよくわかるもの」

「…うん」

「どんなふうにあなたに触れるのかって考えると腹が立つわ。私も少しくらい愛してくれてもいいのにって」

 強気な雛子の視線が忍に向けられた。雛子が忍の頬に手を触れる。美しい顔。

 忍は忍で美しいが、雛子の美貌は忍とはまた趣を異にした、鮮烈なものがある。

 雛子はそのまま忍に顔を近づけると唇を奪った。

「──…っ」

 唇を噛み切られ、忍の唇に赤いものが滲んだ。

 雛子がにっこりする。

「綺麗だわ。口紅。四季くんがどんな顔するかしら?癒してもらったら?ねぇ、サイズ、測るんでしょ。測って」



     *



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