時は今
「──高遠さん」
普段優しい雰囲気の四季が、硬質な声を響かせる。
「忍、本当に転んだの?」
「そうよ。再現してみる?」
「…やめて」
止めたのは忍だった。
「心配しないで、四季」
忍の手が四季の腕をつかむ。
由貴の目がぶち切れている。忍と四季が穏やかだから黙っているものの、その場にいるのが雛子と由貴のふたりだけだったら、つかみかかりそうな勢いだ。
吉野智はだいたいの様子を見て察しをつけると、雛子に向かって言った。
「えー。何だっけ、ひなちゃん?」
雛子は「ひなちゃん」と呼ばれたことはなかったらしい。
「ひなちゃんて、私のこと?」
「そうそう。あなたのこと。あのね、あなた見てるとちと怖いわ。この辺にいる生徒会長とかキレたら超怖いし、四季でも手つけられないって言うし」
「俺かよ」
すかさず突っ込んだ由貴に、それまで緊張して見守っていた外野のひとりふたりがクスクス笑いだした。
雛子は由貴を見ると、たいして動じてもいない様子で言った。
「知ってるわ。キレたいならキレてみれば?私、自分の欲しいものに遠慮はしない主義なの。私から言わせてもらえば、好き放題にしか言わない人種の中で、そうと知っていて、何故主張をしないのかってことなの。言わない方も悪いんじゃない?何も言わない他人のことをいちいち察していられるほど出来た人間じゃないわ」
「善意なんて要求していない。高遠雛子がそういう人間だということは、この間話していてわかったから。好き放題だって?…そんなこと誰が証明出来る?高遠雛子なんかに人間決められる筋合いない」
「そう。いっそ、それくらいバッサリ言われた方が、清々しいわ。何も言わずに空気読めなんて考え方、嫌いなの。どう受け取るもその人の裁量次第と言っていながら、都合のよい受け取り方をした時だけ、いい器だと褒めるのよ。私から言わせれば受け取り方次第だと丸投げしている人にこそ、そんなこと言われたくないわね」
四季が穏やかな調子で言った。
「丸投げしているわけではないけど、僕が高遠さんにはなれないように、自分には当たり前のことでも人にはどう努力しても出来ないこと、というのはあるよ。発言は自由だと言われるけど、僕はそれほど器用にパッと物言いが出来る人間ではないから、言葉だけで行くと不利だなとか考えてしまう」