時は今



 雛子はふっと笑った。

「そんなこともわかっていて、こんなことを言っているのよ。わからない?優しいままでいれば、踏み倒されるだけだってこと。私、四季くんが好きだからこんなことも言うけれど」

「──」

「揺葉さん、何か言ってみれば?私、あなたの優しさなんか汲まないわよ。佐藤さんが言うように、四季くんに泣きつけばいいじゃない。高遠さんに傷つけられたんだって」

 言われて、忍はびくりと身を固くする。

 雛子は面白そうに忍に近づくと、忍に触れようとした──。

「──触らないで!!」

 パン、と忍の手が雛子の手を振り払った。

 顔に血の気がなくなってしまっている。気分がわるそうだ。

 よく見ると震えているのがわかった。

 雛子は忍を上目遣いに見ると優しい声色で話しかけた。

「ふふ。私ごときに何を恐れているの?揺葉忍と張り合えるなんて、私、ぞくぞくしているのに」

「……」

 一体何をしたのだ、という周囲の視線の中、雛子は悠然と言い切った。

「揺葉忍にキスしたのよ。唇を噛み切ってあげたのは、愛しさ余って、つい」

 ──信じられない。

 あり得ない、という沈黙。

 忍は、無言で座り込んでしまった。

(快感だわ)

 揺葉忍と綾川四季のふたりの心を振り回しているようで、雛子は満足感を覚える。

 それまで黙っていた桜沢涼がつかつかと雛子の方に歩いてくる。ピシャリと雛子の頬に平手が飛んだ。

「何…?」

「……。涼は忍ちゃんが何も言わなくても、言えなくても、友達だから」

「友達?」

「強くなることだけが強さじゃない」

 涼は忍に「忍ちゃん」と声をかけた。

 忍は虚ろに顔をあげる。

 何かに脅えているような表情。

「大丈夫だよ。涼だよ」

 涼はそう言うと、忍を抱きしめた。忍は何がどうなっているのか、麻痺してしまっている様子でいたが、やがて少し安心したのか涙がこぼれ落ちた。



     *



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