時は今
音楽科には器楽室もあるのが良かった。
この空気ではひとつの教室で和気藹々というわけにはいかなかったため、「空気悪くしてごめん」と謝って、別の場所で衣装を作ろうとする由貴たちに、望月杏と佐藤ほのかがくっついてきた。
「会長。杏たちも一緒に行っていい?…ゆりりん、心配だし」
忍は涼につき添われて保健室に行っていた。
いつも高遠雛子の周りにいる子たちも流石に驚いて、雛子に寄って来ない。
丘野樹だけが「やれやれ」というていで、「ここで作りな」と雛子を呼んだ。
「…やってくれたね。でもあのやり方は違うだろう」
雛子は「何が?」と強気で言い切った。言い切ったのだが──。
樹は驚いたように目を見開いて雛子の表情を見つめた。
今まで溜め込んでいたものが堰を切ったように、涙となって溢れだした。
「どうしてよ」
「……」
「私だって、四季くんのこと好きなのに!私は、揺葉さんと四季くんが出会う前から、ずっと四季くんのこと見てたのに!揺葉忍は四季くんのこと好きでもなかったのに!どうして好きになるのよ!これくらいのことでもしてやらなきゃ、気がすまなかったのよ!」
一息に吐き出した。雛子は涙を隠そうともしない。
何から何まで揺葉忍とは対照的だ。
女子の何名かがそれで雛子のところに寄ってきた。
「…雛子」
「こんな気持ちで人を好きになったこともない他人に、私の恋についてどうこう言われたくないわ!私の恋は私のものよ!」
「…お前、すごいな」
丘野樹がぽつりと呟く。
確かに、こんなふうに相手も自分もめちゃくちゃに傷つくほどの感情は、樹は抱えたことはない。
「…すごいって、何がよ」
「お前、本気で四季のこと好きなんだな」
「ムカつくわね!こんなにわかりやすいのに、あなたもどれだけ鈍い男なのよ!恋なんてしたことないんじゃないの!?」
「…お前が言うようなものが『恋』なら、そんなものはしたことはないね」
「つまらない男ね。この年で感受性が枯れてるんじゃないの?」
「そうだね。高遠雛子の感受性はちょっと羨ましいね」
雛子は首を傾げた。
「あなたバカ?好きな人を傷つけるような恋をする女よ。何処が羨ましいのよ」
「そこが魅力的なんだよ」