時は今
今まで涼には見えなかった四季と忍の姿があり、涼は胸が痛くなった。
「…涼、知らなかった」
「涼ちゃん」
「ごめんね。涼、気づかなくて」
…それ以上の言葉が出ない。
「違うの」と優しい声を発したのは忍だ。
「涼に謝って欲しいんじゃないの。私、涼に話せなくてつらかった気持ちを話して、ほっとしたかっただけなの。だって私が今好きなのは四季だから」
ね?と忍が四季を見た。
四季もそれでほっとしたように頷く。
涼は、支えられていたのだ、と気づく。
四季と忍に、由貴と自分の関係が壊れないように、守られていたのかもしれない。
もし、忍が雛子のような恋をする人間だったら、どうなっていたのだろうか。
「…涼、幸せなんだね」
「──」
「ありがとう、忍ちゃん。優しくしてくれて。…四季くんも」
その言葉を四季と忍は受け止めてくれた。
ふわりと空気が優しくなる。
「…急に、どうしてそういう話になっているの?」
四季は忍の傷を心配して来たのに、忍が由貴のことを好きだった話をしているのを不思議に思ったらしい。そう尋ねた。
「高遠さんの気持ちが少しだけわかるっていう話をしていたのよ。行き場のない恋はつらいから。それで、その話から飛んで」
「…ああ、それで」
四季は忍の頬に手をふれる。
「──。忍にこんな傷をつける人の気持ちは僕はわからないけど」
四季はやはり雛子に対して、怒ってはいるようだった。
「私…高遠さんにどう接していいのかわからない」
忍は俯く。
「高遠さんの気持ちが激しすぎて怖い。私は人にこんな傷をつけたいと思ったことがないから、どう汲んでいいのかわからない。どう思うのか聞かれても…『怖い』としか言えない」
忍の声はわずかに震えていた。
忍はストーカーに狙われたこともある。それと雛子のこととは意味が違うが、傷をつけようとする人物に対する極度のストレスが出てしまっているようだった。
しばしの沈黙があり、四季が言った。
「忍、進学科に来る?」
「……」
「それとも、僕が音楽科に移るかだけど」
「…四季」
「忍が安心して学校にいられないようだと、僕も不安だよ」
確かに、四季や由貴や、雛子から守ってくれる人物が何名かいれば、雛子も忍に手出し出来なくはなるはずだ。