時は今
「もー手縫いってめんどーい」
衣装を作り始めて数分後、こういう細かい作業が苦手な生徒からは、早くもそんな声が出始める。
「ミシンが早くない?」
「でもミシンも使い慣れてないとめんどくない?」
「──雛子、家庭科室でミシンで縫ってくる」
高遠雛子が立ち上がった。
「え?高遠さん本当に家庭科室行っちゃう?」
「私の衣装、全部手縫いだと時間がかかって大変だもの」
確かにそうである。
が──雛子の意識は衣装とは別のところにあった。
四季と忍のことが気になっていたのである。
(四季くん、衣装、一緒に作ろうって言ってくれたのに)
忍にあんなことをしていなければ、もしかしたら、今の時間は四季も一緒に音楽科のおしゃべりの輪に入っていたかもしれない。
もっとも、それは仮定の話で、雛子には忍に対する感情も四季に対する感情も止められないものがあることは自覚していた。
もしかしたら、はない。だから後悔もない。
でも四季がいてくれないのは寂しい。
「私、ちょっと行ってくる」
雛子は生地をまとめると、教室を出た。
(四季くん──何処だろう)
たぶん保健室だろうか。
雛子は保健室に向かおうとして──ふと、耳に話し声を拾う。
器楽室。誰かいる。
「忍、どうだった?」
智の声。それに桜沢涼の声が答える。
「うん…。四季くんが来たからお任せしてきた。会長は?」
「教室に忘れ物取りに。どした?涼」
「……。智…忍ちゃんね」
「忍がどした?」
「会長のこと好きだったの、智は気づいてた?」
沈黙。
高遠雛子は息を飲む。
今、何て言った?
(会長が好き?)
綾川由貴のことが好きだということだろうか。
雛子の中で言い様のない感情が渦巻き始める。
それなら、四季とつき合っている忍はいったい──。
(四季くんは綾川由貴の代わりにでもされているの?)
揺葉忍に。
「…最低だわ」
思わず言葉がこぼれていた。
器楽室の中にいた涼たちにも聞こえたのか器楽室の戸が開いた。
「…高遠雛子」
智が雛子を見て、言い放つ。
「何こそこそ人の話聴いてんだ!」
「通りかかったのよ、偶然ね!そっちこそ聴かれて都合の悪いことでも話してるわけ?揺葉忍が好きなのは会長だって聴こえたんだけど!」