時は今



「……っ。お前!」

 智は雛子の手を掴んだ。

「いいか、忍が今好きなのは、四季なんだよ!いい加減、四季のことは諦めろ!これ以上、めちゃくちゃにすんな!」

「何よ!私ひとりだけがめちゃくちゃにしてるみたいな言い方!恋するのは自由よ!彼女がいようがいまいが四季くんを好きなら好きなのよ!彼女がいるから、はい忘れますって、その程度の恋なんて、本当の好きでもなんでもないんじゃない!?」

「あー…廊下では静かに」

 落ち着いた声がした。

 雛子の頭にポン、と大きな手のひらが乗る。

 綾川隆史だった。

「うちのクラスの生徒の何名か音楽科で作業してるみたいですね。様子を見に来たんですけど…恋のお話?」

 雛子はキッと言い放った。

「人の恋路を邪魔する奴は蹴られて死んじまえって言いますよね、先生!私、四季くんが好きなんです!でもみんなに四季くんは諦めろって言われて。納得行きます?」

「ああ…。四季くんですか。でも四季くんは揺葉さんが好きなのでは?ふたり、つき合ってるんですよね」

「揺葉さんは綾川由貴くんのことが好きなのに?四季くん、揺葉さんにいいように利用されてるんですよ!」

「あのな!」

 智が声を荒げる。隆史は表情を変えない。諭すように雛子に言った。

「…あのね。高遠さん。それでも、あなたが本当に四季くんのこと好きなら、もっと、つき合い方を考えた方がいいと思います」

 雛子は隆史と智の手を振り切り走り出した。

「おい!高遠雛子!」

 智が追いかけようとするが、隆史が引き止める。

「今行っても焼け石に水です。…めずらしく穏やかじゃないですね、吉野さん」

「先生、悠長なこと言ってる場合じゃないぜ。あの女、相当キレてる。嫉妬して忍にキスした挙げ句、忍の唇噛み切ってんの」

 そこまで想像はしていなかったのだろう、隆史が深刻そうな顔になる。

「どういう子なんですか」

「言葉の通りの子。忍、気分悪くなって保健室行ってんの。四季がついているから大丈夫だと思うけど」

「……。話してくれてありがとう、吉野さん」

「先生、何とか出来る?」

「デリケートな問題ではありますよね。音楽科の担任には話してみます。もっともこういうことは生徒同士で解決するのがいちばんなんですが」

「…そうなんだよね」



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