時は今
雛子がひとりで家庭科室に行ってしまった数分後、丘野樹が席を立った。
「どこ行くんだ?丘野」
「ちょっと」
「高遠雛子か?あれはやめとけ。振り回されるだけだぜ」
「黙ってたら可愛いけど」
「うわ。マジで?あれいいか?」
言いたい放題である。
樹は特にそれに乗るわけでもなく、軽く手を振ると教室を出た。
揺葉忍のことは少し気がかりではある。歌に影響が出なければいいが。
(まあ、揺葉忍には四季がいるからいいとして)
高遠雛子。あれだけ風当たり強い場所にいて動じもしない。
(だから人の目を惹くんだよな)
気質が外見にもあらわれているのだ。
家庭科室の前まで来るとカタカタとミシンの音が聴こえてきた。
雛子だ。
樹は戸の外に立って、しばらく雛子の様子を眺めていた。
確かに黙ってこういうことでもしていると、普段の雛子とはまた別の良さがある。
樹が声をかけるより、雛子が口を開くのが先だった。
「何しているの?そんなところにつっ立ってないで、用があるなら声をかけるなりしたら?これが揺葉忍なら、その行為、迷惑物件よ」
相変わらずの物言いに、樹は苦笑しながら、家庭科室に入ってきた。
「迷惑物件って?」
「知らないの?彼女、ストーカーにつけ回されたことがあって、男性恐怖症気味なのよ」
「その話、本当だったんだ。見た目、落ち着いて見える人だから」
「落ち着いて見えるからって、中身もそうだとは限らないでしょ」
「それならそれで、よく四季とつき合っているなと思うけど」
「それは四季くんだからよ。男なんてみんな同じだと言って納得させようとするような人種もいるみたいだけど、四季くんには彼女を大事にしようという姿勢が見えるわ。子供でいたい男の振る舞いではないというのかしら?揺葉忍も四季くんを選んで正解だと思うわ」
「揺葉忍に嫉妬しているのかと思ったら、それだけでもないんだな」
「…そうね。私、揺葉忍のことも嫌いじゃないわ」
「へえ。それはまた、何で?」
「対等に勝負したい姿勢が見えるもの。小細工するような人間は小物よ。揺葉忍は人に嫉妬されてもあの位置に立っているということは、やっぱりそれだけのものはあるってことなんだわ」