時は今
「その対等に勝負したい人間に傷をつけているのは?」
「傷つけられる方も迂闊なのよ。もっとも、私にそうされるなんて思ってもみなかったのでしょうけど」
「…普通、女子が女子にキスしたりなんて考えないからね」
「何でも定石通りに物事が動くとは限らないと思った方がいいってことよ。人間にすべてを計算通りに物事を運ぶ能力があるのなら、神様も支配者も要らないわ」
雛子は話しながらも、器用に衣装を縫ってゆく。
樹が見とれるようにその手つきを見ていると雛子は顔をあげた。
「ねえ、恋って何かしら」
「……。何だろうね。夢のようなもの?」
「夢、ね…」
雛子は特に感傷に浸るような素振りも見せず、呟いた。
「私が生きている限り壊れない夢が欲しいわ。見るためにある夢は虚しくなるけど、実現するためにある夢は現実を動かす力になる。そう思わない?」
「そうだな」
樹は言葉を区切り、雛子に尋ねた。
「聞きたかったんだけど…お前、何で四季がいいの?四季でなきゃダメな理由でもあるのか?」
「恋に理由が必要なの?私、計算して恋が出来るほど器用じゃないわ。好きな人は好き。それだけよ」
「好きでもない男から想われたら、迷惑か?」
「私を好きになる男なんているの?」
雛子はさらりとそう言って…樹が真面目に見つめているのに気づく。
何だろう、この空気。
樹がふっと指先を雛子の方に差し向けた。
雛子の頬にふれようとして、雛子は肩をすくめた。
「──何…?」
「へえ…。お前でも逃げるんだ」
「ふざけてるの?」
雛子の訝しげな表情。樹は無表情で雛子の細い肩をかき抱くと、首筋にキスをしてきた。
「……っ」
突然のことに声が出ない。雛子は息をのみ、樹の身体を力いっぱい押し戻した。
「何考えてるの!?」
「──どういう反応するかと思って」
樹はしらっと言った。気持ちが読めない。
雛子は呆然と立ち尽くし、やがて、泣きたくもないのに、雛子の目からは涙がボロボロとあふれていた。
胸の内が、言い様のない感情でいっぱいになっていた。
パァン!
耳に痛い音を拾って、樹は打たれた頬を押さえる。
雛子が樹の頬を打っていた。
勢いに任せ雛子は家庭科室を出て行く。振り返りもしなかった。
*