時は今
走って、走って──。
雛子は学校から飛び出していた。息がつづかなくなって、とぼとぼ歩き始める頃には、雛子はもう教室に戻る気はすっかり無くしていた。
携帯も財布もポケットの中にある。もうこのまま気晴らしにその辺でも歩いて、家に帰ってしまおう。
歩いていると涙がまたこぼれてきた。いいや、もう。
雛子は涙を拭おうともせずに、歩いた。
ふと、道行く人の中に、心を動かすものを雛子は見る。
(輝谷の制服──)
四季の前の学校の制服だ。
前は輝谷の制服を見ただけで、ときめくこともあった。
四季に会えるかもしれないとか、そういったことで。
雛子がぼーっと輝谷の制服を着た男子を見つめていると、男子が雛子の方を見た。
目が合ってしまった。
男子は雛子の方を見たまま、目を反らさない。
顔見知りだっただろうか、と雛子も考えてしまう。
男子は雛子の近くまで来ると、話しかけてきた。
「高遠さん?」
雛子は頷く。男子は心配そうに問いかけてくる。
「どうしたの?何かあったの?」
知っている人の雰囲気ではある…のだが。
名前を思い出せない様子の雛子に、男子は慌ててかけていた眼鏡を外した。
あ、と雛子が答える。
「秋人くん?」
木之本秋人。
輝谷にいた頃の四季の彼女、木之本真白の兄である。
秋人は四季と同い年で、真白と四季がつき合い始めたのがきっかけで、親しくなったと聞いた。
「ごめん。眼鏡かけてたからわからなかったんだよね。いつもはコンタクトなんだけど。…久しぶり」
妹の真白は人目をひくくらいの容姿であるが、秋人の方は目立つほどでもない。
が、彼の温和な雰囲気は四季のとなりにいて、しっくり馴染んでいた。
控えめだが印象の良い人物である。
秋人は雛子が泣いているのを見て、ハンカチを差し出してきた。
「使う?」
そのままでも良かったが、秋人が心配そうにしているので、雛子はそれを受け取ると涙を拭いた。
ひどい顔をしているだろう。でも、秋人はそのことにはふれなかった。
「秋人くん、学校、終わったの?」