時は今



「忍、大丈夫だよ」

 四季が言った。

「誰かを好きになることが人を傷つけてしまうことだったとしても、それ以上に大事なものがあるなら、僕は躊躇わない」

「──」

 四季の言っていることは忍にはよくわかるものだった。

 もし、四季を愛していることが誰かを傷つけることだったとしても、四季が自分を必要としていてくれるなら、想いを通すことに躊躇いはないと思われたからだ。

 祈がスケッチブックを手に立ち上がる。

「いい絵描けた。ありがとう。夕食作ろうか?」

「あの…私、作ります」

 そうではなくとも祈は普段、仕事で厨房にいることが多い。何だか休日まで台所に立たせては申し訳ない気がした。

 忍の言葉に、四季も続く。

「お父さん、休んでいていいよ。僕、作るし。それとも自分で作る方が美味しい?」

「あは。そんなことないよ。作ってくれるの?」

「うん。食べたいのある?」

「作ってくれるなら忍ちゃんと四季にお任せするー。じゃあ僕、お風呂入って来る」

 祈も動き出したら早い。ぱっといなくなってしまった。

 四季は忍を見ると「忍も今日は休んでて」と言った。

「味見するのもつらいでしょ?痛そう」

「作るだけなら平気よ」

「いいよ。僕が作りたいから」

「そう」

 四季がそう言ってくれるので、言葉に甘えることにした。

 ヴァイオリンを持って私室に帰る。鏡を見てみた。確かにこれは見ている方も痛く感じてしまうだろう。

 少し腫れている。

 歌う時に口を開けると、また傷が広がったりはしないか──そんなことが気になった。

 ベッドのふちに座り、しばらく鏡を覗き込んで唇を気にしていると、「忍さん」と部屋の外で声がした。

 美歌の声。

「はい。どうぞ」

 忍は答え、美歌は躊躇いがちに部屋に入ってきた。

 美歌にしては元気がない。さっきのことがあるのだろう。

「…美歌ちゃん」

「忍さん、となり、座ってもいい?」

「うん」

 忍と美歌はつき合っている日こそ浅いが、美歌の方が忍に対して親近感を持っているため、かなり親密ではある。

 昨日は一緒にお風呂にも入っているし、舞台の衣装のことでも話をしたりしていた。

 となりに座りはしたものの、美歌は言葉を発さない。



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