時は今
忍は美歌が話すのを待って、鏡を膝の上に置く。
美歌が忍の顔を見た。
「忍さん、唇、どうしたの?」
美歌も忍の不自然に出来たような傷が気になったのか、問いかけてきた。
「──え…と」
忍は言葉を選びながらゆっくり話す。
「傷、つけられたの」
変に隠すのもつらい気がして、正直にそう言った。
美歌は眉をひそめる。
「忍さんに傷つけるって…誰が?」
「四季を好きな人が音楽科にいるの。私が綾川の家の人間になったから…それでムカつくって。音楽ではライバルでもある」
「それでも、どんな傷つけられ方したの?普通、そんな傷つき方しないでしょう?」
「キスされて、唇を噛まれたの」
「──」
「…ごめんなさい。こういう話」
「…むちゃくちゃだわ、その人」
美歌にも忍に嫉妬する気持ちは多少はある。──が、そこまでする気持ちは理解は出来なかった。
「私もお兄ちゃんのこと好きだけど、お兄ちゃんが好きな人のこと傷つけるような真似、理解出来ないわ。だって、それはお兄ちゃんの心を傷つけるってことだもの」
「…美歌ちゃん」
「忍さん、私、お兄ちゃんが好き。本当は誰にも、忍さんにも渡したくないくらい、好きなの。でも、そんなの無理なの。私がお兄ちゃんの妹だから。こんなこと友達にも言わない。頭がおかしい子って思われるだけだから。だから綾川美歌は、学校ではブラコンの綾川美歌で通ってる。そう思われた方が、冗談みたいに言って笑えるから。だけど本当は──そんなんじゃない。私はお兄ちゃんが好きなの。恋しているの」
真っ直ぐな美歌の瞳が忍を見つめた。
本当に綺麗な人だ。どうして四季が忍に惹かれたのかがわかる。
心の芯が無垢で、どんなものにも汚されない類いの──。
「忍さん、美歌を愛して」
「え?」
「お兄ちゃんに言ったら、ダメって言われる。それでお兄ちゃんが傷つくのも美歌は嫌。忍さんだったら女の人だから、美歌も忍さんも傷つかない。美歌、知りたい。お兄ちゃんがどんなふうに忍さんを愛したのか。愛した人がどんな人なのか」
「──美歌ちゃん、私…」
忍の声が震える。
美歌はそれが恐怖心のものからであることを、一目で見て、察する。
「…忍さん、お兄ちゃん以外の人、怖いの?」