時は今
高校生というには分不相応なくらいのいい家に樹は住んでいる。
マンションに一人暮らしをしているのだ。
外で果林と食事をしてきた樹は、その後果林を連れて部屋に帰ってきた。
果林は樹の家に来るのは初めてではない。部屋に上がるとハンドバッグはソファに置き、コーヒーを淹れようとキッチンに立った。
「樹も飲むでしょう?」
「うん。淹れて」
果林と話している樹はごく自然で、大学生と高校生が話しているようには見えない。
こんな関係になったきっかけは果林の元彼がしつこく束縛しようとしていたところを、樹が追い払ったからだった。
樹は果林が持ってきた輝谷の音楽祭で演奏する楽譜に目を通している。
「チャイコフスキーね…。いいな。面白そう。時間がとれたら観に行く」
「白王の文化祭とかぶらなくてよかったよね。こういうの、観に行きたいものほどかぶること多いから」
コーヒーの香りが漂い、果林が樹にすっと淹れたてのそれを差し出してきた。
「サンキュ」
樹はカップを受け取る。
果林は樹のとなりに座る。果林はいたずらっぽく、キスをしてきた。樹は笑いながら果林を見る。
「…何?」
「何ってなぁに?」
「めずらしく果林が甘えモードだね」
「それは外が寒かったからー。樹、果林に優しくしてみようと思わない?」
「いいよ、別に」
樹は果林の髪に指を絡めると、リップグロスの光る果林の唇に、唇を押しあてた。
そのままふたりはソファの上に倒れ込む。
樹はしばらく果林の感触を楽しんでいたが──やがて、何か思い出したようにやめてしまった。
果林が樹の背中に手を回したまま、呟く。
「…あったかいね」
「うん」
「どうしたの?」
「……。何でもない」
高遠雛子のことを考えていた。
果林は樹に優しく尋ねる。
「悩み事?果林でいいなら聞くよ」
樹はすぐには口を開かなかった。言葉を選んでいるようだった。
「ちょっと興味があって──キスしてみたら、泣かれた」
「……」
「元々好かれてもいなかったんだけどね」