時は今



 隆一郎は将棋を指している四季を見て、指した手から広がるものを音のように楽しんでいるかのように見えたのだ。

 四季が幼い頃に、音の出るものをひとつひとつ確かめるかのように、響きのよいものを楽しんでいた時のように。

(お前はやはりその世界の人間であるのだな)

 勝ち負けや大きさ小ささだけではないのだ。

 四季の感覚にあるものは、盤上の駒ひとつひとつが何かを奏でている──そんな世界。

 だから隆一郎も、それに興味を引かれた。

 四季の指してくる手に、こんな手はどうだろうと返す好奇心が起こるのがわかった。定石の手で返すことが退屈になってきて、まるで初めて将棋を指すかのような気分になれるのだ。

 だから早織の言うような盤上の有り様になる。

 早織は眠っている四季を見やり、口を開いた。

「──昨日、隆史が来ていましたよ」

 四季と忍が友達のことで、昨日の夜、隆史と由貴と探しに外に出ていたことは、隆一郎の耳にも入っている。

「…会ったのか」

「顔は見ました。四季さんと忍さんが出かけようとしているのを見て、こんな時間に何処へ行くのかしらと思って、私も外の方へちょっと出てみたら、隆史が。四季さんが理由を話してくれて、隆史は少し頭を下げて、出かけて行きましたね」

「……」

「元気そうでしたよ。由貴さんなんか、従兄弟なのに兄弟みたいに四季さんと似ているし」

 隆一郎は早織の話に遠い目になる。

 隆史が家を出て行って、早瀬が祈を家に連れて来た時は、毎日がひっくり返したような騒ぎの中にいたが、今になってみると、あれは何だったのだろうと思えるくらいに嘘のように穏やかな心持ちになっているのだ。

 由貴は四季が骨髄移植をした時に初めて間近で見て──もっと早く会っておけば良かった、と胸がしめつけられるような気持ちになった。

 隆史が、親が認めもしない女を選んで出て行った時は、その子のことも絶対に認めないと思っていたのだが。

「…だから、長くは生きられないとわかっている者を選ぶな、と言ったのだ」

 批判的な意味合いはそこにはなく、何処か寂しそうなものがその言葉には含まれていた。

「そしたら案の定──」



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