時は今



 隆一郎は、由真の顔を見たことはある。

 どんな女なのかが気になるのは仕方のないことだ。隆史が家を捨ててまで選ぶというのだから。

 たまたま目にしたのが幼稚園くらいの子供と戯れている由真だった。身体が弱い様子は微塵もなかった。

 無邪気で明るい、普通の女子高生。

 それを見た時、何故か、その少女につらく当たるのがためらわれた。

 少女は一緒にいる隆史のことを「隆史ちゃん」と呼んだ。

 それでふたりの仲がどれくらいのものであるかが、わかってしまったのである。

 それは──家に来た祈が早瀬のことを「早瀬ちゃん」と呼んでいる、あの空気と同じだった。

 まったく、ふたりして、親の気も知らないで。

 隆史の幸せそうな表情を見て、好きにすればいい、と思った。

「──お祖父様」

 早織と隆一郎の話を聴いていたのか、四季が身を起こして、隆一郎のことを見ていた。

「長く生きられるかはわからない人間は、選ばれてはいけないの?」

「──四季」

 いつになく強い四季の眼差しを受けて、隆一郎は予期していなかったように、次に発する言葉を失ってしまった。

「誰が長く生きられるかなんて、そんなことは誰にもわからない」

 四季の口からは何を考えるでもなく、言葉が自然に紡がれて行った。

「僕は由貴がいたから生きられた。由貴がいるのは隆史おじさんがいて、由真さんがいたから。僕から見たら由真さんは選ばれた人だ。選ばれてはいけなかった人だなんて、僕は思わない」

 由真のような人間を否定することが、四季を否定するようなことになる──。

 が、隆一郎にも思いがあった。

「隆史につらい思いをさせたくなかったというのはおかしいか」

「…お祖父様」

「──すまん。お前にはそれだけ心を波立たせる言葉だったか」

 四季は首をふった。

「僕は生きる。生きたいと思ったかもしれない、思っているかもしれない人のために」



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