時は今
四季は少し休んで食事を取ったら元気になったのか「せっかく来たんだから練習しているツェルニーは弾いて行ったら?」と、ピアノの横の椅子にかけた。
「大丈夫?」
「うん。とりあえず弾いてみて」
由貴は他にも練習していたツェルニー30番の2番から4番までを弾いた。
四季は目を閉じて静かに聴いていたが、由貴が弾き終わると目を開けた。
「…そうだね。少し指を慣らした状態でこれくらい弾けるなら、今練習している曲をインテンポで弾けるようになるまで、そんなに苦労はないと思う。でも表現が少し硬くなってる。弾く時に無意識に腕とか、緊張してない?」
「うん…。少し緊張はしていると思う」
「柔軟体操してみて。音に表情が出てくると思う」
「柔軟体操って…」
由貴が言うと、四季は自分の手を見ながら話し始める。
「簡単に出来るものなら──テレビ観ている時なんかにでも指をほぐしてあげるとか。指と指のつけねの間を自分でマッサージするの」
「え?そんなことでいいんだ?」
「うん。何気ないことなんだけど変わるよ。指が広がりやすくなっていると、オクターブの和音が押さえやすくなるから」
「そうか…」
「あと、身体の重心は揺らさない。バレエで第5ポジションのまま、手はアン・オーにして、つま先で立ってみた時のバランスを知っておくといいんだけど」
「え?」
急に話が別次元へ飛躍したように感じて、由貴はうろたえる。
四季は外旋させた両足を、きちんと揃えて立った。
「これが第1ポジション。第5ポジションは、片足を前にして立つポーズのこと」
それから、両手でなめらかな楕円をつくるように上にあげた。
「この手の状態が『アン・オー』」
そのまま、つま先で立つ。
「このポーズ、バレエで見たことない?」
「あ…うん。これで小刻みに移動するのあるね」
「そう。パ・ド・ブレ。バレエのレッスンをしているわけじゃないから、パ・ド・ブレは覚えなくてもいいんだけど。──これでつま先で立ってみて。この姿勢をキープするの難しいから」